のちに文豪になる女です。

『走れメロス』に学ぶ!【疑心暗鬼】

疑う心には鬼が棲む...
「疑心暗鬼」とはよく言ったものです。

太宰治の『走れメロス』という短編小説を覚えていますか?

「メロスは激怒した。」

この有名な一文が印象に残っている人は多いのではないかと思います。

かくいう私も、最近思い立って読み返してみるまで、あまり内容を覚えていませんでした。

走れメロス』のあらすじ

メロスが激怒した理由はこうでした。

邪智暴虐な王が、人間不信のあまりに、家族や家臣までも殺してしまうという。

その噂を聞いた正義の男・メロスは王のところまで出向き、突っかかってあわや処刑されそうになる。

しかし街に、妹の花嫁衣装などを買いに来ただけのメロス。

自業自得だが、こんなことになるとは予想していなかった。必ず戻ってくるからと親友の命を担保にして、3日の猶予をもらう。

無事に妹の結婚式を終え、親友の待つ刑場へとメロスは走る。川の氾濫に道を阻まれ、山賊に襲われても、メロスは約束を貫こうとする。

メロスを襲う「疑心暗鬼」

しかしメロスも人間らしい人間だ。

遂にメロスは疲れ果て、走ることをやめてしまう。

疲労困憊。動かない体で、ただ自分の思考回路と闘っていた。

その思考にはまさしく鬼が棲む。

「身体疲労すれば、精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。」

そこから延々とメロスの言い訳や、他力本願や、開き直りが繰り広げられます。

見事なまでにぐだぐだと思考したところで、ふとメロスは足元に泉の水が湧き出ていることに気がつく。

頭の中を埋め尽くしていた文字が消え、だんだんと現実に帰ってくる。

水を飲むことでメロスの意識が完全に肉体へ戻ります。

まだ歩けると自覚するメロス。

その後力を振り絞って走り、無事セリヌンティウスを助け出す。

そして二人は熱い抱擁を交わしますが、メロスは親友に対し途中「悪い夢を見た」と告白します。

私の経験から

走れメロスは、自分の脳みそと闘う孤独をよく書いているなと感じます。

私は大学時代にラクロス部に所属していました。とある試合の延長戦でサドンビクトリーという局面を思い出します。

(サドンビクトリーとは、先に点を決めた方が勝利というシステム)

プレッシャーと緊張感が凄まじかったです。負けたらリーグ降格という正念場。試合中、本当に色々なことを考えました。

私がボールを持ったとして、シュートを外すのではないかという悪い想像。私のせいで負けたら、このあと仲間に対してどんな顔をすればいい?仲間は私を責めるだろうか。

もし相手がボールを持ったら、ゴールを守りきれない気がする。

さすがに先輩の誰かが決めてくれるんじゃないか...。

みんなの士気はどうだろうか。こんなひどい考えをしているのはたった一人、私だけだろうか...。

私の考えをよそに、味方は私の1on1のためのスペースをつくります。そうか私に点を決めさせようとしている...。

そんな状況になってまで、自分の行動を迷っている間に、ディフェンスが近づき、ドンと体を押される。

よろけると同時に覚悟が決まる。

「そんなことを言っている場合じゃない!」という言葉が頭に響き、腹を括りゴールに向かって走り出す。

(無事に点を決めることができました)

疑心暗鬼を「走ること」で振り切ろうとする男

私の経験からすると、ズバリ!

走れメロス』のテーマは「疑心暗鬼」です。

「一度だけ君を疑った」

親友セリヌンティウスも、この3日間、相当自分の思考と闘ったに違いありません。彼はどういう悪夢を見て、何をきっかけに持ち直したのでしょうか。抱擁する前に、メロスに「一度だけ君を疑った」と告白します。

「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな悪心を持って居りませぬ」

そもそも事の元凶は、暴君の疑心暗鬼でした。メロスとセリヌンティウスの友情を目の当たりにして、彼の疑心暗鬼は浄化したようですが。

「私は信頼されている。私は信頼されている」
「いや、まだ日は沈まぬ」「いや、まだ日は沈まぬ」

人間の思考は本当に曲者です。

不安や恐怖、疑念が、地獄のように広がります。

その底をのたうち回って知る絶望。

そんなどうしようもない自分の思考を振り切るため、ただ走るために、メロスは同じ言葉を繰り返します。

 

新潮文庫の『走れメロス』の装丁には、雨の中ひとりで走るメロスの姿が描かれています。

やけに胸を打たれてしまうのは、やはり私の心にも鬼が棲んでいるからに違いありません。

今思い悩む人も、暗い考えに支配されている人も、それでも自分で決断していく、人間であるからには。

そんな勇気ある皆様の部屋に、ぜひ一冊、この男の走る姿を飾ってほしいと思います。